2008年02月

【ハンドボール】宮崎大輔

ハンドボールの選手、宮崎大輔のプロフィールです。

◆プロフィール

名前:宮崎 大輔(みやざき だいすけ)

生年月日:1981年07月08日

出身地:大分県

血液型:?型

身 長:175cm

体 重:75kg

ニックネーム:???

趣味・特技:買い物、語学練習

所属クラブ:大崎電気


◆経歴

小学校:???

中学校:???

高校:大分国際情報高校

大学:日本体育大学

大崎電気


ハンドボール。日本ではマイナーな部類に入るであろうこのスポーツにもスーパーヒーローがいる。その選手は、日本の全てアスリートの誰よりも高いジャンプ力を持ち、鋼のごとく筋肉を持っているのである。
多くの少年が野球やサッカーを選ぶ中、宮崎大輔は小学校の頃からハンドボールを選んだ。高校の頃にはインターハイと高校選抜大会で得点王をとり、将来有望な選手として注目されるほどになった。そして、ハンドボールの世界で名門の日本体育大学に入学。インターカレッジで2年連続優勝に貢献すると共に自身は大会のMVPに選ばれた。輝かしい道を歩んでいたが、宮崎大輔はもっと強くなりたかった。大学を休学してヨーロッパのハンドボール留学を決意。スペインへ渡り、海外のハンドボールを体感した。その後、再び大学へ復帰するが、退学して実業団の大崎電気へと入団する。
大崎電気に入団してからも持ち前のジャンプ力と勝負強さで、新人王やMVPなどを獲得。日本ではまだ世界と戦えるレベルに達してないながらも、2008年には北京五輪をかけて韓国と対決。惜しくも僅差で敗れてしまった。
世界最終予選で北京五輪出場の最後の望みをかける。
宮崎大輔のすごさとは何だろうか。それはやはりジャンプ力であろう。160cmぐらいの人間を超えられるのではないかというぐらいのジャンプ力と対空時間、ここから繰り出されるジャンプシュートは相手のとって悪夢そのものである。ジャンプ力だけならまだしも、パスセンスや身体能力も高く、毎年元旦に行われているスポーツマンNo.1決定戦では、他のアスリートたちを抑えて総合優勝をしたほどである。
宮崎大輔はハンドボールをメジャーにするという夢を持っている。実際に彼自身の活躍もあり、ハンドボールは少しメジャーになったことは確かだ。さらにメジャーにすべく、宮崎大輔は今日も飛ぶ!

【サッカー】鈴木啓太

サッカーの選手、鈴木啓太のプロフィールです。

◆プロフィール

名前:鈴木 啓太(すずき けいた)

生年月日:1981年07月08日

出身地:静岡県清水市

血液型:O型

身 長:177cm

体 重:67kg

ニックネーム:ケイタ

趣味・特技:???

ポジション:MF

所属クラブ:浦和レッズダイヤモンズ


◆経歴

小学校:清水市立入江小学校 (清水第八サッカークラブ)

中学校:東海大学第一中学校

高校:東海大学翔洋高校

浦和レッズダイヤモンズ


中盤の底で縦横無尽に走り回り、相手にプレッシャーをかけて攻撃の始点を潰す。ボランチというポジションにおいて、このようなプレーができる選手がいることがどれだけチームにとって頼もしいことだろうか。
日本にも、そして浦和にも闘争心むき出しで、尚且つ冷静な判断力で中盤の底を駆け回る頼もしい選手がいる。
鈴木啓太は、サッカー王国・静岡に生まれた。小さい頃からサッカーの毎日だった少年は、サッカークラブに所属し、サッカーの技術を磨いた。そして、高校卒業後に浦和レッズへ入団、プロサッカー選手の第1歩を踏み出した。入団した翌年、リーグ途中で出場機会を得るとそのままレギュラーを獲得。以来、ずっと鈴木啓太は浦和レッズの中盤の要となる。
ドイツワールドカップまでは代表へ召集されることはなかったが(U-23での召集はあり)、豊富な運動力と冷静な判断力がオシム監督の目に留まり、代表へと召集される。ここでも豊富な運動量で走り回るプレーは、まさにオシム監督の提供する「人もボールも走るサッカー」にフィットし、日本代表でも中盤の要となりレギュラーを獲得した。
2007年、浦和レッズにとって記念すべき年がくる。アジアチャンピオンリーグ優勝、そして世界クラブワールドカップでのミラン戦。浦和レッズが世界へ目を向けた年でもあった。そして、ここでも中盤の底で走り回っていた鈴木啓太の姿があった。特にミラン戦では、カカにハードマーク。ブラジルの貴公子を思うようにプレーさせなかった。
鈴木啓太の闘争心溢れるプレッシャーと冷静な判断力は、相手の選手からしたらやっかいなものだろう。

数多くいる日本のパサーの後ろには、いつも鈴木啓太がいる!目立たないところで泥臭く走り回っているファインプレーに称賛すべきである。

【バレーボール】狩野舞子

バレーボールの選手、狩野舞子のプロフィールです。

◆プロフィール

名前:狩野 舞子(かのう まいこ)

生年月日:1988年7月15日

出身地:東京都三鷹市

血液型:A型

身 長:184cm

体 重:65kg

ニックネーム:マイコ

趣味・特技:お笑い

ポジション:ウイングスパイカー

所属クラブ:三洋電機バドミントン部


◆経歴

小学校:???

中学校:八王子実践中

高校:八王子実践高校

久光製薬スプリングス


女子バレーボール界の偉大なる先輩・中田久美以来、中学生ながらに全日本に召集された若きバレーボール少女がいる。まだ全日本デビューはないものの、今はプロの道に足を踏み込んでいる以上、近い将来そのチャンスは訪れるだろう。
狩野舞子は、両親も姉もバレーボール選手という一家に生まれた。そんな環境に狩野舞子も当然のごとく、バレーボールへの道へと歩んでいく。両親の熱烈な指導でその才能を開花させた狩野舞子は、中学時代には全国都道府県対抗中学バレーボール大会の東京都代表に選抜される。さらにまだ中学生ながらアテネオリンピック日本代表候補にも選ばれるなど、若くしてその才能に注目が集まった(女子バレーボール日本代表で中学生が選ばれたのは中田久美以来2人目らしい)。
しかし、まだ中学生で成長期の真っ最中だった彼女にとって、その才能を発揮するだけの筋肉の成長が追いついておらず、腰痛を発してしまった(これが原因でアテネ五輪への出場は辞退している)。
高校は名門・八王子実践高校に進学。1年生からレギュラーのポジションをとると、2年生でキャプテンに抜擢。チームを全国大会へと導くが、中学生時代に痛めた腰痛が完治しておらず、腰痛の状態で試合に臨んだこともあった。日本代表召集にも何度か名前が挙がるが、腰痛のため辞退することもあった。
高校卒業後は、久光製薬スプリングスに入社。姉である狩野美雪(現在、久光製薬スプリングスのキャプテン)と共に姉妹揃って、チームを優勝へと導くために活躍している。
持病の腰痛も治り、ようやくプロの世界へと飛び出した狩野舞子。持ち前の鋭いスパイクで全日本のエースとなる日もそう遠くない。
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